大判例

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東京高等裁判所 昭和36年(う)2327号 判決

被告人 宇野和男

〔抄 録〕

原判決が所論のように判示して、原審弁護人の正当防衛ないし過剰防衛であるとする主張を斥けていることは、その判文上明らかであるので、記録を精査し証拠物を検し、なお当審の事実審理の結果を合せて審案するに、当時の状況はつぎのとおりである。

被告人、初見培夫、川島桂一は原判示の日時場所を通行中、何ら理由もないのに長瀬良一、鈴木昭夫、後藤利郎から喧嘩をしかけられていきなり殴打されたので、被告人と初見は道路を南の方に逃げ、他方川島は車道を横切つて反対側歩道に逃げたところを長瀬ら三名につかまつて転倒させられた上、殴打されたり足蹴にされたりしていわゆる袋叩きとなり脱出不能の状況になつてしまつた。被告人と初見は一旦は逃げたものの川島の身が心配なのでふりかえつて様子を窺うと右のような有様で、このまま放置しては同人の身体が危険であるから同人を救い出そうと相談して、各自判示のナイフを手にして川島の方へ駈けつけたところ、長瀬らは被告人らが刃物をもつて向つて来るのを認め、川島に対する暴行をやめて被告人らの方に前後して向つて来たので川島の倒れていた場所あたりで五名が入り乱れて闘争した。被告人は初見とともに三人を相手にナイフをふるつたり突いたりするうちに、相手を傷つけたことを覚つて急遽その場を逃れ去り、その間川島も脱出することを得たのである。

この事実によれば、被告人ら三名は当初何らの抵抗もせず逃走しようとしたのであり、首尾よくのがれることができた被告人があえて引返して来たのは、川島の身体を防衛しようという意図に出たに外ならず、長瀬らはこれをみて川島に対する暴行を一先ず中止して被告人と初見とに立ち向つたとはいえ、その闘争場所は川島の倒れていた場所の近くであり、かつその闘争はそのあたりで入り乱れて行われていたのであつて、しかも数の上では川島を入れても同数であるから、川島に対する危険も全く去つたとは断じ難い形勢にあり、被告人らとしても今迄川島に対し無法極まりない暴力をふるつていた敵と直面して川島の動静も確認することができないのも当然な立場にあつたので長瀬ら三名からの急迫不正の侵害はいまだ継続中であつたとみるのが相当であり、右三名が川島のもとから離れたことをもつて、急迫不正の侵害は収まつたとするのは当を得ない。もつとも、長瀬らの川島に対する暴行は激しかつたとはいえ生命に危険を感じさせる程度のものではなく、被告人らに対して加えようとしたものも、素手で立ち向つて来たことからみて同様とみるべきで、被告人が原判示の鋭利なナイフをもつて長瀬に致命傷を与え、鈴木に全治一ケ月を要する重傷を与える程度の反撃を加えることは必要でなかつたと認められるので、被告人の行為は長瀬らの急迫不正の侵害に対し川島及び自己の権利を防衛するための行為ではあるが、その防衛の程度を越えたものといわざるを得ない。

それゆえ原判決が右行為をもつて過剰防衛にも当らないとしたのは事実の認定を誤つたものであり右誤認は被告人の犯罪の態様、情状に関係するところが大きいので、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

(小林健 松本 太田)

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